私は久々知君…いや 兵助と特に意味も無く学外を散策している 何故名前呼びにしたか・・・くくちくん、と連呼していると 舌を噛みそうだからである 「そういえば “貿易商の娘”の実家、知ってる?」 兵助が私に訊ねた 初めてこの時代に来た時 立派な屋敷の前で利吉さんに“娘”だと勘違いされた という事は 恐らくあの家が娘さんの実家なのだろう 「成り行き上なんとなく…でも確信は持ててない」 「じゃあ もしもの時の為に一応見に行ってみる?散歩がてら」 「…是非」 今まで 何処となく迷惑そうな顔をしていた彼が 私に対して協力的な態度を見せている しかも笑顔を浮かべている 眉間に皺が寄っていた彼を見て 私は他の人とも係わるように心掛けた いつまでも 唯一真実を知っているからと彼に依存しているのはよくない事だから そもそも 成り行きとはいえ一方的に私が真実を話した訳であるし こうして二人きりになったのは 彼が本当に私の存在を迷惑と思っているのかを確かめたかったから もし 迷惑そうな節が垣間見えたら…潔くこの時代から去ろうと思ったのだ そしたら これである …ツンデレ気取りなのか、彼の心境の変化なのか、はたまた単なる私の考えすぎなのか 「ほら、あの屋敷」 学園から五分ほど歩いた時 兵助が微かに見える屋敷を指差した やはり 利吉さんに声を掛けられた屋敷である 「…名家のお嬢様が行方不明じゃあ 大騒ぎにもなるわよね」 「随分変わった人らしいからな、娘さんって」 そんな変人と間違えられた私って一体―― 「攫われかねない身分なのに 鼻歌まじりで近所をぶらぶら歩いていたのを目撃されている」 「……あらまぁ…危機感の無い娘さんで……」 私が呟いたその刹那に 兵助が背後に聳え立つ木をじろりと睨んだ 「…急にどうしたの?」 「いや……誰か居るんだ…」 兵助がその木に一歩近づく・・・ すると 木陰から華やかな着物の裾が目に入った 「…なんだ 女子か」 そう 小声で呟いた兵助に 華やかな着物を纏う女性が近づいた こんなに華やかで鮮やかな着物……まるで成人式のようだ 「……って 兵助、この人“娘さん”じゃない?」 「…まさか……」 女性がにこりと微笑んで 唇に指を添えた 「私 家出中なの、此処で会った事は秘密にしてね」 家出、と簡単に言っても 界隈では大騒ぎになっている気がするのだが 「ちょっと家の様子を見に来ただけなんだ、じゃあ 私はまた行くわ」 「し…忍の人まで雇って 貴方捜索されてるのよ!?」 私がそう言うと 彼女がまた微笑んだ 「捕まえられるものなら捕まえてみろってんだ」 彼女は悪戯小僧のような表情を見せると 私達の前から足早に立ち去った まさか 何処かの偉いヒトと駆け落ちでもするんじゃなかろうか…… 「娘さんって よりも更に灰汁の強い人だな」 「…それは私も強いって事?」 06 melancholy 日が暮れて 辺りが闇に包まれる それは現代への帰還のサイン 私はただ現代の布団で寝たいが為に 夜だけは祖父の家に戻っているのだ 「じいちゃん ただいま」 「おう、遅かったな」 「…いつも通りだけど?」 「昨日の朝飛んだきり全然帰ってこなかったから」 昨日の朝? いや 今朝飛んだ筈だ 「…じいちゃん、私は今朝飛んだのよ!しっかりしてよね」 「おいおい 私はまだボケていないぞ?カレンダーをよく見ろ」 「今日は六日で……」 日捲りカレンダーには 七日の文字 「…七日…?今朝…六日に飛んだのにどうして七日の夜に戻って…あれ おかしいなぁ」 「……、飛びすぎると狂ってくる事は私も体験している」 祖父の発したその言葉に 寒気がした 「狂っ……老いてもいないのに…?」 「老いは関係無い、リミットに達するまでのトリップの回数は人それぞれだからな」 「・・・・・・・・」 「一日の誤差なら心配無いが 無理して飛び続けると年単位の誤差になるぞ?」 私は小学生の頃から 能力を楽しみ過ぎたのだろうか それとも 元々そこまで能力の性能が良くなかったのか これからがイイ所だというのに もうガタが来てしまうとは 暫くは誤差が生じても大した事は無いだろうが 終わりが始まったというのは確実だ 「・・・なんだか憂鬱」 NEXT → (09.8.27 贅沢しすぎた) |